へなへな通信2003/1・2・3 by sugiura 

0302 2003へなへな

スキーの帰りに
 とある温泉に寄る。客の少ない湯船に浸かり ゆったりしていた。曇りガラスの向こうに露天の湯船のあるのに気付き外へ出て その湯船に入ったまでは良かったのだが うかつにも人待ち顔のジジーの横に入ってしまった。待ってましたとばかりそのジジー 聞きもしないのに 自分の趣味やらホラやら矢継ぎ早に喋りだした。適当に相槌を打ちながらつい 我夢土下座の最長老細田氏(仮名)を想像していた。彼は、仕事の合間をぬって栃木の集落なんぞを彼曰く 風情に旅をしていると言う。しかし、彼も温泉に浸かりながら 地元の若い衆を捕まえては 有りもしなかった手柄話に口角泡を飛ばして夢中になり 嫌われていないかと私それが心配になったのである。そんなよそ事を考えている内 そのジジー喋るだけ喋ったら さっさと出て行ってしまった。


0222 2003へなへな

故あって台北に旅立った時の 飛行機の中の話

 旅の友の言うには ここでなんらかの飛行機事故があったとすると 必ずスチューワデスが 真っ先に逃げるというのである。それを証明するかのように 韓国の列車事故 運転手が 事故状況を確認せずに 鍵を抜いて逃げてしまっている。そして ,縄戦での事 沖縄の人達を守らなければならなかった日本の軍隊が 沖縄の一般の子供達を 自分が生き延びる為に鍾乳洞の中で 殺した事実がある。よって 人間なんて悲しいもので 私も含めて 人の為に自分の命は変えられない。ブッシュの率いる軍隊も 負け戦になれば ちりぢりになるであろう。 かといって 独裁が許されるものではない。 私と旅の友は 二人して かの独裁者達に対してリコールを望まずにはいられないのであった。
 これをご覧の有志の諸君! 世界世論の手段として リコールの声を 上げようではないか!


0107 2003へなへな

私の比較的北側の田んぼより

 少し南側 比較的南側の姫路のさるK氏から 句を一句提出せよとの声がかかった。電話の向こうの比較的南側では人民が多数集まっているらしくにぎやかであった。私声が掛かるうちが花と思い 早速K氏に投稿するが 十分以内に作れとの脅しに動転してしまったせいか 記念すべき第一句は出来が良くなかった。そこで改めて投稿したのであった。

  リストラジャ アーリストラジャ リストラジャ

      セイギノミカタリストラマンタロー

                    無い骨…(無い骨とは私の号である)

  キタチョウセン ジンミンゼンブガ コームイン

      ソリャツブレルワ

                    無い骨

            鼻風邪投稿隊

             比較的北側の田んぼのsugiura耕作員


0106 2003へなへな

初詣をしたのである。そこらじゅうで

 初日は我が家の氏神 我が集落の産土八布施榊山神社で 次いでmamiya耕作員の地元日本の神様伊勢神宮 戻って我が集落のどんど焼きの田の神様。

 私比較的北側の田んぼの耕作員としての本来の神は田の神様なのである。いつもは田の神様オンリーであったが 今回は迷信とは承知で他の神々にも詣でたのであった。

 何故か? そうなのである。八百万の神々に仲ようやって貰うために 頭を下げて賽銭までもカンパしたのである。人間がいくら仲ようやっても駄目。アラーや キリストや ヒンズー達の神々がお互いに 無欲に成らなくてはあかん。この神々がもっと大人になって譲りあい語り合い愛し合ってこそ揉め事が治まるのであるが こんだけ私利私欲剥き出しでは 駄目だ。

 そこで 世界中の神々が仲良くなるように初詣で拝みたくったのであった。


0103 2003へなへな

私は確かに そこに居た

昨年の暮れ 所は北朝鮮 一応反米大会の会場 テレビニュースで見たのである。その中に混じっている十七歳の私を である。

ある商業高校の体育祭のマスゲームの中 いよいよ本番で握りこぶしを上げる時が来るのであるが 一斉に上げて揃えなくてはならないのを みなさんより少し早く上げようとしたり 少し送れて上げてしまったり 要するにフェイントを掛けてしまうのであった。

その私が反米大会の晴れの舞台に動員されたは良いが 皆さんと合わなくてしどろもどろと 握りこぶしを上げたり下げたりしているドン臭い奴。なのである。

そのテレビニュースを見ているだけで あの当時柔道部の怖かった細田先輩を思わず思い出す 気の小さい比較的北側の田んぼにまじめコショウを作っているsugiura耕作員であった。