へなへな通信2002/10・11・12 by sugiura 

12/22 2002へなへな

 テレビのドキュメントの中で北朝鮮のオバちゃんが言っていた。

 「平等の最初は良かった。ところが その内 食べる時は人より前に出て 嫌な仕事をする時は後ろに皆が下がりだした。皆が平等に物が貰えるものだから苦しい事はしなくなった。」

 日本で言えば お役所仕事なのである。そうなのであったのか。共産圏 あるいは 社会主義圏と言われていた国々が破綻したのが!

 北朝鮮のオバちゃんの言葉でやっと分かった。

 遅れず 休まず 働かず なのであったか。納得 ナットク!

 しかし なァ もったいないなァ もうちょっと何とかならなかったのかなァ。

12/13 2002へなへな

私の住所は福岡町です。

 福岡町の特産品と言えば 知る人ぞ知るあの筑紫哲也さんところの 草野満代さんですがな。最初は あの安保兄が昔嫌いだったNHK(犬 あっち行け...と呼んだそうな。)のアナウンサーから 現在の番組に転職されて有名になられ 今じゃ 福岡町の大特産品。

そして その安保兄が 福岡町の第二の特産品を開発し なんと世に出した。 聞いて驚くな。 その名は 「あじめコショウ」である。とんがらしで ある。その昔 秀吉の軍隊が朝鮮半島に置き土産にして キムチが出来たらしいと言われているらしい品種で 秀吉の軍隊は朝鮮半島でヒンシュクを買った。 その当時の品種が 今までこの地に栽培されていたらしいと 言われているらしいとんがらしである。そういういきさつを知らずして私 「あじめコショウ」の田んぼの比較的北側の田んぼで とんがらしの耕作員をやっておりまして直販所へ「まじめコショウ」として出したいと 安保兄に打診したところ彼からヒンシュクを買い 反省しているところです。ハイ 反省 反省。


12/08 2002へなへな

 私 耕作員は この地区の比較的北側の田んぼを守る為に 暇をみては頑張るのである。籾殻を焼き田畑にばら撒き 農業とはを 深く追求するものである。そして深く追求した結果 籾殻焼き農法は 日本の田んぼを救うことに 勝手になってしまったのであった。

ヤオヨラズの籾殻の神々よ。

日本の 田んぼを救いたまえ。

アホナ セーフヲ ノロイタマエ

六根清浄 あなたは少女 私は不浄 男根正常

ハライタマエ キヨメタマエ

と こうなる訳よ。


12/04 2002へなへな

地下鉄サリン事件とニューヨーク同時テロ バリ島テロ その他のテロ 北朝鮮拉致問題に うんざり。最近改めて 宗教や思想の発展性のなさに がっくり。

 そこで私は この大自然はたまたこの宇宙に対して畏敬の念を勝手に抱き 新しい根本思想的宗教「籾殻焼き農法」をこの十二月三日を持って修めたのである。

 私は団体宗教を信用しない。布教をしながら集金するからである。そして大層な建物を建て 他の宗教と対立し サリン事件やテロ戦争へと走っていく。

 私のは個人宗教であり布教はしない。

秋になると近くの農協のライスセンターへ 頭を下げて籾殻を貰いに行く。謙虚なのである。そしてその籾殻を田んぼで焼き 田にまくのである。そうやって田を耕す。改めて言おう。

 「私はこの地区の 比較的北側の田んぼの 耕作員」なのだ。

11/26 2002へなへな

そで屋の宴会の席で

 何故かバルちゃんと約束をしてしまったのである。

 これはバルが言い出したのである。あの世でバンドを組もうと言うのである。バルの下手なベースと俺のしみったれたハーモニカでやろうというものである。何故か二人だけで盛り上がってしまい そういう次第になってしまった経緯を順を追って思い出そうと 今日 早朝から晩までかかって 思い出そうとしたのだが 残念ながら思い出せなかった。妙に 気になるのであるが。 

 バルよ! 何で 約束なんぞしたんやろ。ン?。

11/24 2002へなへな

 11月23日の晩 付知のそで屋で大変よばれた。

 そで屋のおかァちゃんそして先代のおバァちゃん二人 並びに土着のおかァちゃん連中のおかげで美味いもの腹一杯食わせてもらった。そして 

その席に何と!あの我夢土下座の細ちゃんが! それも上の方の席に陣取っておらっせるのである。彼はこの頃 我夢土下座のコンサートに出演していない。

 私は故あってテーちゃんにパソコンを構ってもらっていたので 二人して遅くなってから行った。その間 リーダーのタグさ始めミノやそで屋から「早く来い」との再三の嬉しい電話が入る。そで屋の好きなキリンビールを片手にうちのおかァの煮豆を入れた たァぼうのどんぶり(ちなみに私の家ではアオマメを栽培して秋に収穫をして売っているのである。『300gで300円....ただし有農薬』おかァが煮るとコレガ又美味いのである。)を抱いてまずはそで屋のおかァに挨拶。

 細ちゃんは故あって栃木の国に単身赴任そして 奥さんは単身だから不妊。

 赴任する前に 恐れ多くも我がバンドリーダーのタグさに彼はこう言い放ったそうである。

「ただの一つの気がかりは我夢土下座だけである。不肖私細田は 一皮ムケテ大きくなって帰ってくる。楽しみにしていてくれ。それまで さらばじゃ。」 これでは 信州のヤクザ あの 佐久の鯉太郎である。

  何故ナノヨ! この土着主催のウタゲにチャッカリ出席しているのである。一皮もムケテいないのに。そして まだ小さいままなのに。

 土着民のほうには出席しても我夢土下座のコンサートに出演しない。この理不尽さを追求しない我夢土下座が 僕は好きである。おわり。


10/04 2002へなへな

拉致をした国 拉致された国

 拉致をした国の衆が「あんたら 騒ぎすぎ」と言っている。拉致されたとされる人の家族は非常に怒っている。拉致をした国は今だ戦時中。拉致されて怒っている国は戦争を放棄した国で 国内のバカ政治家がどうかすると「国民は平和ボケしているから 駄目である」と言っている国。この比較分かってもらえるだろうか。平和ボケと言われている国民の方が 誰が見ても正常な事を。究極の平和は「国民みんな平和ボケである」とまで言わしめることができる。そして 拉致した国に対して 正常に主張している。